2013年05月24日（金）
ジム子さん！
久しぶりに、職場が変わる前まで行きつけだったジムに行ってみた。
女子更衣室で無意識にジム子さんを探したが、
彼女の姿はなかった。
朝のジムの女子更衣室は女性の戦場だ。
仕事や学校前にひと汗かいて、シャワーを浴びて、ドライして、
化粧して、服を着るわけで、周りに気を使ってる余裕は、ない。
シャワー室、トイレ、備え付けのドライヤーの数は当然限られているし、
鏡の前のスペースも、５人立てば埋まる。
1秒でも長くいたい暖かいベットから、勇気を奮って飛び出して、
朝もまだ暗いうちから来たジムなんだから、
誰だって時間を無駄にしたくないのだ。
友達の輪を広げるために来る人は、
少なくとも早朝のジムにはいない。
そんな自己鍛錬の場、ジムこそ自己中(ジコチュウ)の極みかもしれない。
"Good morning!" の挨拶さえも省略される
殺伐とした早朝のジムの女子更衣室で、
周囲の空気に全く意を介さず、優雅にふるまう人がいた。
人呼んで、いや私が勝手に名付けた、「ジム子さん」。
この狭い空間を、まるで自分専用の控え室みたいに
ハリウッド女優顔負けの立派な化粧道具一式を
鏡前の狭いスペースに広げている。
当然、他の人のスペースはかなり狭くなる。
それでも、化粧の時間を楽しみながら鼻歌など聞こえてくる。
目が合おうものなら、パフをはたく手を止めて
「ハロー！ 元気？ あなたの黒髪素敵ね！ それって自毛？」
とか話しかけてくる。
急いでるから早くどいてくれないかなあ、とか口が裂けても言えず、
「あなたのブロンドヘアだって素敵よ」
と、愛想笑いを浮かべるしかない。
そこで終わらせないと、
仕事は何をしてるのか、などと詳しく聞いてくる。
そんな忙しい朝のリズムを狂わせるジム子さんの存在を、
迷惑に思っている女戦士は、少なくなかったはずだ。
いま風に言うと、いや、日本にいないから
まだ言ってるのか知らないけど、
「空気読めてない」ってことか。
私もその1人だった、
・・・・・・ある朝までは。
その朝も化粧道具一式を広げて化粧中のジム子さんの携帯が鳴った。
声を聞きながら彼女の笑顔がフェードアウトしていく。
「うん、わかってる。お母さん、もうすぐ帰るからもうちょっと待っててね。
それまでおばさんの言うこと、ちゃんと聞いてね。
大丈夫よ、わかってるから！
不安なのよね。
・・・・・うん、でも私にも1時間だけちょうだい。
あとはずっと一緒にいるじゃない。
・・・・・うん、わかってるわよ！ もうちょっとだけ待っててよ！
そしたらすぐにおばさんと交代するから！！！」
まるで子供をさとすように話す相手は、自分の母親のようだった。
最後は少し声を荒げて電話を切ってしまったジム子さんは、
自分の声が大きかったことに気づいて、
ちょっと気まずそうに、誰にともなく話し始めた。
「うちの母、心の病を患ってて、私がずっと付いてないと危なかしくってね・・・・・
自分を傷つけたりする癖があるから目が離せないの。
代わりの人が来てくれる、朝の1時間が私の自由時間。
このジムにいる時間があるからやっていけるわ。
だって、みんなここから一日の出発を切ってるって感じがするでしょ！
緊張感が張り詰めた試合前みたいな。
ああ、みんなこれから会社に行ってバリバリ働いたり、
学校で必死で勉強したりするんだなあって・・・
私もそのパワーをもらって、あとは家でずっと母の介護だけど、
なんだか頑張れる気がするのよね」
この殺伐とした朝の戦場に、ひと筋の光を見い出していた人がいた。
期せずして、ジム子さんの話を聞き終えた私たちは、
それぞれの顔を上げて、お互いの顔をちゃんと見て
初めての笑顔を交わし合ったのだった。
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投稿日時：2013年05月24日（金）10:42 AM
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