彼は、学生時代からとても真面目で、

将来は、世の中のためになる仕事に就こうと

必死で勉強し、晴れて難関を乗り切り、

大企業に入社。

 

そこでも必死で働いて、

念願だった海外への進出、

ODA（政府開発援助）のメンバーとして、

発展途上の小さな島の

学校建設プロジェクトに参加した。

 

エメラルド色の海と空が溶け合う地上の楽園、

 

そんな宣伝文句が、

実在すると知った新しい赴任地で、

スーツ姿にヘルメットという

日本人ビジネスマンスタイルで、

休みもなく毎日建築現場を行き来する彼を、

好奇心いっぱいの瞳をキラキラ輝かせながら、

地元の子供たちが不思議そうに眺めている。

 

本来なら学校で授業をしているはずの子供たち。

裸同然の格好で、朝から海辺で釣りをしたり、

ココナツの実を取ったりしている。

彼らのためにも

一日も早く学校を完成させなければ。

彼は決意をまた新たにする。

 

平穏な日々が流れた。

相変わらず子供たちはビーチで遊び、

彼はヘルメットから流れる汗をぬぐいながら

建設予定の遅れにストレスを感じつつある。

 

椰子の実をドッジボール代わりに遊んでいる子供たちの

歓声が響く。

ついに彼もひと声上げたくなる。

「おい、そっちはノンキだな。

　朝っぱらからずっと遊んでばかりで。

　僕は君らのために学校を建ててるっていうのに」

 

子供たちが手を止めて、彼の周りに裸足でかけてきた。

本当はもっと早くからいろいろ話してみたかったのだ。

 

「学校って何のために？」

１人の子供が瞳をキラキラさせて聞いてくる。

やっと興味をもってくれたかと、

彼は少し得意になって子供たちに答える。

 

「いいか、幸せになるためには、努力が必要なんだよ。

まずは勉強しないといけない。いろんな知識を学ぶんだよ」

 

子供たちは嬉しくて、ますます質問してくる。

 

「勉強って何のために？」

 

「勉強していい成績を取ったら、いい学校に進めるんだよ」

 

「いい学校って何のために？」

 

「いい学校に入ったら、いい会社に入れるんだよ」

 

「いい会社って何のために？」

 

「いい会社に入ったら、いいお給料がもらえるんだよ」

 

「いいお給料って何のために？」

 

「いいお給料がもらえたら、いい生活ができるんだよ」

 

「いい生活ってどんな生活？」

 

「いい生活….そうだな。

　あんまり考えたこともなかったけど、

　もう働かなくっても大丈夫なくらいお金がたまったら、

　休みを取って、南の島のビーチでのんびりすることかな」

 

 

子供たちの瞳がさらに輝いた。

 

「それって、僕たちが毎日やってることだね！」

 

 

彼はそれ以上何も答えることができなかった。

 

 

 

この話は、

日本でワーカホリック気味になってころに、

職場の先輩がさりげなくしてくれた話を

私なりに脚色したものだ。

 

受験、就職、人間関係

社会でのいろんな競争に疲れて

心や身体を病んでしまう人が多い。

最悪の場合、自ら命を絶つ人もいる。

そんな悲しいニュースを聞くたびに、

私はこの話を思い出す。

 

本当の幸せは、

競争なんかでは決まらないし、

勝ち負けでは決してない。

また、人から押し付けられるものでもなく、

相手に押し付けてもいけない。

 

たとえば、スーツにヘルメット姿の彼が、

裸足の子供たちをかわいそうに思うのは、

彼のモノサシで計った幸せでしかない。

子供たちは逆に、

ビーチでそんな格好の彼に

同情したかもしれない。

 

ここでまず大切なのは、

目の前に広がるエメラルドの海の美しさに

感動できる心だと思う。

 

それを失ってしまっては

どんな努力も勉強も

まったく意味がないから。