マリコラム

2013年02月14日(木)

英語のミラクル

イギリス海峡に面したブライトンビーチ

 

 

 

東京で雑誌の編集者だったある日、英語の電話がかかってきた。

 

なまりの強い聞き慣れない英語で、必死にボルネオ島の森林伐採について話している。

 

しばらくやり取りして、ようやくそれが、バリで働くカメラマンからの写真の売り込みだと分かる。

 

森林伐採の業者は、日本資本で行っているといっている。

この写真を日本のメディアに発信してもらいたい。

失われていく森や、そこの住む原住民の悲惨な現状を日本に知ってほしい。

 

声の主は真剣だ。

 

これは簡単に切れる電話ではない、と写真をチェックする約束し、送り先を伝えようとした矢先、

「いや、実はすでに東京に来てる」 というではないか。

どうしても直接見せたいので、これから持っていくという。

 

 

その日のうちに、夜は編集長の誘いで一緒に鍋を囲むことになったのは、

はたして編集長が環境保全に強い関心があったからなのか、

それとも相手がハンサムなイギリス人の兄弟だったからなのか。

 

いずれにしても、オチョコを片手に、得意げに日本食のウンチクを並べる編集長の、

あんな嬉しそうな顔は、それまで見たことがなかった。

 

でもそれを毎回、 「はい、訳して」 と言われる我が身は、キツかった。

 

 

 ――そうなのだ。電話越しの強いなまりの主は、ボルネオ島の原住民ではなく、

英語の母国イギリス人だった。

考えてみると、それまでまともにイギリス英語を聞いたことがあっただろうか。

戦後に緊急輸入されたのは、アメリカ英語だ。

私の英語も彼らからしてみれば 「なまりの強いアメリカ英語」 だったはず。

 

ノッポの兄、ニックと、チビの弟、アンディ。

二人してカメラマンになるため海外に出た。

 

東南アジアをまわっているうちに、森林伐採で生活の場を追われるボルネオ島の原住民たちと出会い、

最初は敵視され吹矢で命まで狙われたが、写真で彼らの生活を守ると約束し、

しばらく共同生活を送るうちに、本気で彼らを護りたいと思ようになったという。

 

でもお金は全然なくて、成田に到着した時は所持金500円ほどだったそうだ。

それから上野公園でのキャンプ生活(?)を開始し、書店に並ぶ雑誌を見ながら、

グラビア記事からめぼしをつけて各誌に電話しまくったという。

日本語能力、ゼロ。

 

 

うちへの電話が何軒目かは聞かなかったが、上野のキャンプ生活から、一転してフグ鍋。

そんなことなら特大のステーキとかハンバーグのほうが良かったのでは、と思っても後の祭り。

 

そんな行き当たりばったりで、明日も見えない綱渡り生活の二人との出会いは、

当時の私にとって大きなカルチャーショックだった。

 

そのたくましさとしたたかさと、おそらくルックスの良さも手伝ってか、

彼らは編集長のハートを射止めることに成功。

 

おかげで彼らの写真は他社も含む何種類かの雑誌に掲載され、

無事ボルネオ島民との誓いは果たせた。

 

それによって森林伐採が中止されたかどうかは聞いてないが、

その後もこの二人との仕事は何年か続いた。

阪神淡路大震災の時も、一緒に現地をルポした。

世界各地に彼らを派遣して、クラシック映画の舞台を写真で紹介する連載もやった。

 

二人への連絡や記事の翻訳は私の役目。

彼らのおかげでずいぶん英語を鍛えることになったわけだ。

 

「オカネガナクナッタノデ、マエガリデキマスカ?」

耳を疑う英語の電話が、コレクトコールで世界の各所からかかってきた。

計画性がないのはいつものことだった。

それでも締め切りギリギリで、写真は世界のどこからか届いた。

 

そのうち、海外からの情報を東京で待ってるだけの自分に焦りを感じ始めた。

お金がなくても、計画があやふやでも、行動したらなんとかなることを実証し、

あんなに自由に世界中を飛び回ってるレイン兄弟が、

きっと猛烈にうらやましかったのだ。

 

それでもやはり計画を整え、お金もちゃんと用意して、

私もある日、ついに旅立つことにした。

行き先を告げると、二人は顔を見合わせて言った。

 

ソコって自分たちの故郷だと。

 

仕事関係の知り合いがいるアメリカよりも、全く知り合いのない、

行ったこともないイギリスで、ゼロから人間関係を作ってみたい。

 

 

私が選んだ場所はイギリスの港町、ブライトンだった。

ロンドンからイギリス海峡に向かって電車で40分の小都市で、私の初めての海外一人暮らしが始まった。

 

久しぶりに学生に戻って、心身ともにスッピンにかえった気がした。

名刺交換も、社交辞令もない、肩書きもない、本来の人間対人間の付き合い。

 

 

 

 

そんな時だった、英語のミラクルが起こったのは。

 

 

いつも、放課後に友達と立ち寄るパブで、ニックとアンディに再会した。

パブの中庭で大きなハグをして、それまでの近況を報告し合った。

 

「いやぁ、なかなか大変だよ。 やっぱなんやかんやいっても僕らガイジンだろ? 

どっかでまだ信用されてないっていうかさぁ」

 

私がいなくなった後の日本での仕事について、ため息まじりに話すニックの声が、

私には外国語には聞こえなかったのだ。

 

彼の独特の話し方、声が、その性格を含めて、

初めて私の耳というか胸に届いた瞬間だった。

 

――ニックはこんなふうに話す人だったのか。

 

私は長い間知り得なかった彼の本当の言葉や声を知った感動に、うちのめされた。

それは、英語が通じたとか、意味がわかったとかの感動をはるかに超えていた。

 

言葉の壁を超えるってことは、こういうことだったのか……

一人衝撃に震える私にアンディが追い撃ちをかける。

 

「ちょっと、俺たちが苦労したって話してるのに、ナニさっきから嬉しそうな顔してるのさ。 

…….まったくわけわかんないよ」

 

あなたたちの肉声を聞きながら、異国の小さなパブで私は、

おそらく、あなたたちにはとうてい感じることのできない奇跡に小さく震えていた。

 

 

 

再会した思い出のパブ、King&Queen

 

 

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投稿日時:2013年02月14日(木)12:09 PM

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